朝起きた後、キョウは珍しくボーッとしていた。
思い出しているのは昨夜の出来事。
突然助けてくれた青年。
凛々しく、笑顔がとても優しかった。
でも、役人の反応からして相当な家柄の人に違いない。
そう思うと自分が彼と話している事が不相応な気がして、上手く接する事が出来なかった。
どう接するべきかと悩んでいると、黙ったままの青年がこちらの様子を伺っていて…
助けてくれたのに黙ったままなのは失礼だと思い、咄嗟に彼の立場を同情的に言ってしまった。
あぁ…もう!何か上から目線で同情してるような言い方を…私から言われた所でお前に何が分かるんだって話よね……
青年の様子を伺うと、驚いたような不思議に思っているような顔。
…良かった…気分を害してはいないみたい。
名前を聞かれた時も、関心を持たれているようなのは正直嬉しかったが、何となく気が引けた。
それでも、私のことを知ろうとしてくれた彼に自然と名乗っていて……
遠ざけようとしているからといって、相手に対する印象派悪くない…寧ろ良い方だ。
今まで会ってきた人の中でも格段に身分が高いはずなのに、それをひけらかさない彼。
しかし、口に出さずとも上流階級の威厳あるオーラに溢れている。
人の上に立つ者の風格を感じた。
イ……ガク…………。
もう会うはずがない…会ってもどうにもならないのは分かっているが、もう会えないと思うと少し心が曇った。
一人思いに耽っていたキョウに母から声が掛かった。
「キョウ、スジュン君が来てるわよ」
「…え?先生が??」
スジュンはキョウの父と居間で話していた。
「スジュン先生、いらっしゃい。来るなら言ってくれれば良かったのに…」
「あ、おはよう、キョウ。急に思い立ったんだ。朴先生の顔を見に行こうかなって。急にすみません…先生」
「いや、構わんよ。君は息子も同然だ。しかし、私はこれから用事があってね。申し訳ないが、話の続きはまた別の機会に。何ならキョウと話でもするといい」
「はい、朴先生」
スジュンとキョウはいつも話し場所としている縁側に座った。
二人は特に何を話す訳でもなく、ただ座って庭を眺めている。
そんな沈黙も気まずくなく心地良い…そんな二人だった。
キョウの何処か憂いた表情を読み取ったスジュン。
「何かあった?」
昔からスジュンの顔を見ると心が解れて何でも話してしまう。
「…あのね…実は…」
キョウは昨夜の事を全て話した。
今何が自分の心に引っ掛かっているのか、それが分からないと。
スジュンは終始黙って聞いていた。
一見いつも悩みを聞いてくれる時と同じだが、キョウには心なしかスジュンの顔がいつもより無表情な気がした。
全てを話し終えた後、しばらくスジュンは黙っていたが、やがて口を開いた。
「…キョウ。その引っ掛かる気持ちっていうのは……また会いたい……とか?」
「うーん……そうなのかな…。先生には分かる?」
「……どうかな。…僕には分かってしまうかもしれないね……」
そう言って笑うスジュンの顔に一瞬違う色が掠めた。
キョウもスジュン本人もその事には気付かない。
それからはいつも通りに学問の事やスジュンの学堂での話、キョウの日常の話を話して過ごした。
キョウの家からの帰り道。
スジュンの顔は晴れなかった。
僕は…自分がこんなに潔くない性格だと思わなかった。
覚悟は決めていたのに。
あれ程前から…ずっと…覚悟していたのに。
いざその時が来ると、情けない程動揺した。
また会うことにならないで欲しい……なんて思ってしまうなんて。
「…僕は……自分の気持ちを甘く見ていたのかもしれないな…」
スジュンは人知れず呟いた。
イ・ガクは自宅の自室で手巾とにらめっこをしていた。
まるで、ずっと見ていればその持ち主が現れるとでも言うように。
昨日、最後に残ったのは、彼女の名前とこの手巾。
手巾に集中し過ぎて、扉の外に使用人が来たことに気付かなかった。
「…坊っちゃん?」
「…ん?…ウッウン……どうかしたか?」
咳払いで焦りを誤魔化すガク。
「ファヨンお嬢様がお見えです」
「…あぁ、そうか。通してくれ」
そう言うや否や、パッと戸が開いて、ファヨンが入ってきた。
ガクは持っていた手巾を畳んで机の隅に置いた。
「何か用か?」
「いいえ、特に。顔が見たくなったの」
素直なファヨンの言葉に微笑むと立ち上がった。
「そう言えば…母上から君に渡すように言われた物があるんだ。取ってくるから待っててくれ」
「何かしら…待ってるわね」
ガクが部屋を出て行くと、ファヨンは腰を下ろした。
部屋を見回していると、ふと机上の手巾が目に入った。
一瞬、とてつもなく冷たく鋭い風が胸の中を通り抜けた。
何処かで見たことある気がする手巾。
いや、気がするんじゃなくて、確かに以前何処かで見たことがある。そんなに遠くない最近……
無意識に震える手…
その手で手巾にゆっくりと手を伸ばす。
手が手巾に触れる寸前、ガクが部屋に戻って来た。
手を自分の元に戻すファヨン。
ガクが何か話しているが、頭に入ってこない。
手巾の事を聞こうにも、聞けない。
大好きな彼の笑顔を見ているのに、嫌な胸騒ぎがした。
何かの歯車がずれた………そんな気がした。
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思い出しているのは昨夜の出来事。
突然助けてくれた青年。
凛々しく、笑顔がとても優しかった。
でも、役人の反応からして相当な家柄の人に違いない。
そう思うと自分が彼と話している事が不相応な気がして、上手く接する事が出来なかった。
どう接するべきかと悩んでいると、黙ったままの青年がこちらの様子を伺っていて…
助けてくれたのに黙ったままなのは失礼だと思い、咄嗟に彼の立場を同情的に言ってしまった。
あぁ…もう!何か上から目線で同情してるような言い方を…私から言われた所でお前に何が分かるんだって話よね……
青年の様子を伺うと、驚いたような不思議に思っているような顔。
…良かった…気分を害してはいないみたい。
名前を聞かれた時も、関心を持たれているようなのは正直嬉しかったが、何となく気が引けた。
それでも、私のことを知ろうとしてくれた彼に自然と名乗っていて……
遠ざけようとしているからといって、相手に対する印象派悪くない…寧ろ良い方だ。
今まで会ってきた人の中でも格段に身分が高いはずなのに、それをひけらかさない彼。
しかし、口に出さずとも上流階級の威厳あるオーラに溢れている。
人の上に立つ者の風格を感じた。
イ……ガク…………。
もう会うはずがない…会ってもどうにもならないのは分かっているが、もう会えないと思うと少し心が曇った。
一人思いに耽っていたキョウに母から声が掛かった。
「キョウ、スジュン君が来てるわよ」
「…え?先生が??」
スジュンはキョウの父と居間で話していた。
「スジュン先生、いらっしゃい。来るなら言ってくれれば良かったのに…」
「あ、おはよう、キョウ。急に思い立ったんだ。朴先生の顔を見に行こうかなって。急にすみません…先生」
「いや、構わんよ。君は息子も同然だ。しかし、私はこれから用事があってね。申し訳ないが、話の続きはまた別の機会に。何ならキョウと話でもするといい」
「はい、朴先生」
スジュンとキョウはいつも話し場所としている縁側に座った。
二人は特に何を話す訳でもなく、ただ座って庭を眺めている。
そんな沈黙も気まずくなく心地良い…そんな二人だった。
キョウの何処か憂いた表情を読み取ったスジュン。
「何かあった?」
昔からスジュンの顔を見ると心が解れて何でも話してしまう。
「…あのね…実は…」
キョウは昨夜の事を全て話した。
今何が自分の心に引っ掛かっているのか、それが分からないと。
スジュンは終始黙って聞いていた。
一見いつも悩みを聞いてくれる時と同じだが、キョウには心なしかスジュンの顔がいつもより無表情な気がした。
全てを話し終えた後、しばらくスジュンは黙っていたが、やがて口を開いた。
「…キョウ。その引っ掛かる気持ちっていうのは……また会いたい……とか?」
「うーん……そうなのかな…。先生には分かる?」
「……どうかな。…僕には分かってしまうかもしれないね……」
そう言って笑うスジュンの顔に一瞬違う色が掠めた。
キョウもスジュン本人もその事には気付かない。
それからはいつも通りに学問の事やスジュンの学堂での話、キョウの日常の話を話して過ごした。
キョウの家からの帰り道。
スジュンの顔は晴れなかった。
僕は…自分がこんなに潔くない性格だと思わなかった。
覚悟は決めていたのに。
あれ程前から…ずっと…覚悟していたのに。
いざその時が来ると、情けない程動揺した。
また会うことにならないで欲しい……なんて思ってしまうなんて。
「…僕は……自分の気持ちを甘く見ていたのかもしれないな…」
スジュンは人知れず呟いた。
イ・ガクは自宅の自室で手巾とにらめっこをしていた。
まるで、ずっと見ていればその持ち主が現れるとでも言うように。
昨日、最後に残ったのは、彼女の名前とこの手巾。
手巾に集中し過ぎて、扉の外に使用人が来たことに気付かなかった。
「…坊っちゃん?」
「…ん?…ウッウン……どうかしたか?」
咳払いで焦りを誤魔化すガク。
「ファヨンお嬢様がお見えです」
「…あぁ、そうか。通してくれ」
そう言うや否や、パッと戸が開いて、ファヨンが入ってきた。
ガクは持っていた手巾を畳んで机の隅に置いた。
「何か用か?」
「いいえ、特に。顔が見たくなったの」
素直なファヨンの言葉に微笑むと立ち上がった。
「そう言えば…母上から君に渡すように言われた物があるんだ。取ってくるから待っててくれ」
「何かしら…待ってるわね」
ガクが部屋を出て行くと、ファヨンは腰を下ろした。
部屋を見回していると、ふと机上の手巾が目に入った。
一瞬、とてつもなく冷たく鋭い風が胸の中を通り抜けた。
何処かで見たことある気がする手巾。
いや、気がするんじゃなくて、確かに以前何処かで見たことがある。そんなに遠くない最近……
無意識に震える手…
その手で手巾にゆっくりと手を伸ばす。
手が手巾に触れる寸前、ガクが部屋に戻って来た。
手を自分の元に戻すファヨン。
ガクが何か話しているが、頭に入ってこない。
手巾の事を聞こうにも、聞けない。
大好きな彼の笑顔を見ているのに、嫌な胸騒ぎがした。
何かの歯車がずれた………そんな気がした。
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by oneho-inway0621
| 2014-03-08 16:51
| 桔梗の輪廻~序章~